アートでつなぐ ほこほこ

アートでつなぐ ほこほこ あかはねさやかのブログです☆

地震

東北へ。ぐるぐると光を行ったりきたり。


東北に行ってから1週間がすぎました。

いまだに言葉にできない想いにぐるぐるしています。

でも、そのぐるぐるが大切なのだ、と
最近やっと気付かせてもらえました。


それぞれが自分で判断する。じぶんの道を進む。
じぶんの役割をみつけて。


東北へは、芝居仲間と仲間のワゴン車で行きました。
目的をメンバーで確認せずに行ったこともあり、
わたしは混乱していました。

現地にとにかく行く。
そのことはみんなが共有していました。

行ったのは、
・気仙沼市
・陸前高田市
・遠野市
・仙台
でした。

2泊3日の最終日は、福島の原発に行く、というところで、
私は途中離脱し、仙台から新幹線で帰りました。

災害派遣要請車として、現地に赴いたのですが、
事前にアポイントをとっていないため、
海岸線を車で走り、破壊された町を写真にとる、という時間が多かったです。


感じたのは、内陸部は、地震なんかなかったかのように綺麗だったこと。

あくまで本当に沿岸部が被害にあったのですよね。

しかし、その差はあまりにも不条理でした。

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通りを一本曲がると、そこから破壊された町が広がっている。
わずか何メートル先では普通に家が立ち並び、商店もやっているというのに、です。

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夜に立ち寄った居酒屋は、気仙沼にあるお店でした。
ごはんにお魚、お酒も、ニラ餃子も、、、たくさんメニューがありました。。

途中、「安全ですから」
と言って、イカのお刺身やらホタルイカなどをお通しに、と出してくれました。
私はもともと生魚が苦手なのですが、
箸がつけられませんでした。。

そこのお店のテレビではニュースが映っていて、
L字型に青い表示がされていて、
「放射能情報」と書かれ、
時間と場所がかかれていました。
「除染」をやる案内だったのかも、とメンバーで話しました。

泊ったのは、たまたまみつけた陸前高田市にあるボランティアセンター。
「陸前高田市災害団ボランティア住田基地
ボランティアの人のために町が無償でかしてくださっている学校の校舎でした。

そこに来ていたボランティアの方たちは、東京や横浜からきていて、
被災された方のドロかきをしたりした、という話しをきかせてくださいました。
そして、
ドロかきをしたうちのおばあちゃんからいただいたという、樽一杯の梅干しを
わけてくださいました。

2日目は、岩手の遠野市へ。

のどかで豊かな田舎の春の景色がひろがっていました。

パワースポットとして知られる、「続き石」をみて触れたり、
藁ぶきの古民家に行ったり、道の駅では、
おいしい地のものをいただきました。

IMG_0441


そのあと、宮城県の山田町というところへ、
わずかながら物資を届けに行きました。

そしてボランティアセンターへ行って、子どもたちとなにかできないか、と相談しました。

山田高校というところに行き、
体育館で体をつかって遊びました。山田高校は、こないだテレビにもでてました。
校庭には自衛隊のお風呂が並ぶ中、野球部員が練習をがんばっている姿でした。

出会った子どもから、
わたしが感じたのは、
いろんな気持ちをおさえているんだな、ということでした。

子どもとのやりとりで、おもちゃを使って、
「この車(ミニカー)は東京にも行けるんだ。大阪だって行けるんだよ。」
などつぶやいてくれたのが心にささりました。

「私たちは帰るところがある」

それなのに、こんな形であらわれては去っていく。
そのことが良かったのかどうか・・。

そして、居酒屋の店員さんも、
本当はどんな想いを秘めて私たちを迎えてくれていたのか、
大したこともなにもできないままでにボランティアセンターに泊めてもらったことが、
恥ずかしくてしょうがなくなってしまいました。


最終日に福島入りをするという話しになり、
私は自分の直感にしたがうことにしました。

東北にはどうしても行きたかった。
けれど福島の原発のそばに行くことは私にはとてもリスクがある、と思いました。



帰ってきてわたしが思っているのは、
やはり原発のことが解決されなければほんとうの復興はできない、ということでした。

そして、あくまで限られた場所しか行かなかったし、わかりませんが、
避難所の様子は、小さな村のようで、
思っていたよりもあたたかい感じがしたのです。

人と人が肩をよせあうこと。そこには希望があると思いました。

必要とされる物資を離れたところから届けることは、大きな大事な支援なんだと思えました。


「この震災が関東に起こったら・・・」
わたしはそれが怖くなってしまいます。

横のつながりや助け合う気持ちを作ろうとしている人たちはいるけれど、
満員電車でじぶんの世界にいる人たちの集まる首都圏。

いまだに放射能がふりそそぎ、雨や風からの汚染に注意すべきなのは首都圏も変わらないのです。
心配しすぎてもしょうがない、というのはわかりますが、
そうはいっても、シビアな現実。。

なんとなく話題をそらす、のではなく
楽観視するのでもなく、
受け止めつつ、未来をどう作るか、そんなふうに変わるときだと思いました。

オモイ想いとともにゆく

no title
no title

昨日は、歌う子ども、大道芸する子ども、踊る子ども、、こどもこどもこどもこも、、、。 たくさんのちびっ子に出会えた日でした。

 ちびっ子とともに祝っていただいたわたしの誕生日の翌日の今日、ようやっと、東北へ行ってきます。
 芝居仲間とともにワゴン車で行きます。 荷物おもー。。。 長靴、寝袋、お米、、そして楽器に絵本。。。 たくさんの荷物を電車の中に置いたわたしは、周りのみなさんからは明らかに浮いた様子。。。

あんなに放射能のことを怖がっていたくせに、、、という声にならない声が、親からは感じられました。 怖い想いをかかえて、それでも、行かねばならない気がしていたのです。 じぶんで決めたこと。後悔しないように、気をつけていってきます!no title

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